懸岩寺

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基本情報

  • 所在地忠清北道清州市西原区賢都面大清湖畔路(下石里)
  • 観光地情報「懸岩寺」は、大清ダムが正面に見渡せる“九龍山”又は“賢都山”と呼ばれる大清ダム北部にある山の頂上部の南岩壁に寄りかかるように建てられた古寺である。創建年代に関する文献記録はなく、伝説として伝えられている。

観光地紹介

百済腆支王3年(407年)に仙境大師が創建した、新羅の聖徳王(702年~736年)時代に金仙境大師が創建した、高句麗時代にある師僧によって創建されたという幾つもの説があるが、これらも全て伝説にすぎない。


懸岩寺に関する正史の記録は無いが、朝鮮時代の各地理志には、「見仏寺」又は「懸寺」という名称で記されている。「新増東国輿地勝覧」などの朝鮮初期の記録には「見仏寺」で記載されており、朝鮮後期の文献には「懸寺」という別名が付記されている。現在は、「懸岩寺」と呼ばれている。「懸寺」とは、この寺の俗称である「タラムチョル」を漢字表記したもので、後に「懸岩寺」となって今日に至るものと思われる。

これによって、懸岩寺は、“見仏寺-懸寺-懸岩寺”と寺院名が変遷したことが分かり、朝鮮初期から寺の命脈が継承されてきた事実も確認できる。


懸岩寺は、九龍山を背景に、大清湖畔が見渡せるという絶景にあり、以前から文義八景の一つとされ、「懸寺暮鍾」又は「懸寺晩鍾」とされた。現在の懸岩寺は、1988年に建て直された正面3間、側面2間の「大雄殿」と、同じく正面3間、側面2間の「龍華殿」、そして、1940年代と1980年代初めに建てられた「山神閣」と「寮舎」があり、寮舎はコンクリートで造られ、2階の「鐘楼」には、最近製作された「大形銅鐘」が掛けられている。


遺物は、龍華殿内に奉安されている「石造如来坐像」と山神閣の裏にある「石鐘形浮屠」があり、境内には、高麗から朝鮮朝に至るまでの各種土器や磁器、そして瓦の破片が大量に散在している。

アクセス

京釜高速道路(8.7km) → 唐津盈德高速道路(9.5km) → 大清湖畔路(7.5km) → 到着

位置情報