孫秉熙先生遺墟址

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基本情報

  • 所在地忠清北道清州市清原区北二面義菴路234(琴岩里)
  • 観光地情報孫秉熙先生遺墟址は、朝鮮哲宗12年(1861年)4月8日に誕生した義菴孫秉熙(1861~1922)先生が生まれ育った家である。孫秉熙先生は、早くから東学(天道教)に入門し、1894年の甲午農民戦争の際は、忠清道と慶尚道で10万の民衆を率いて官軍と戦った。

観光地紹介

孫秉熙先生遺墟址は、朝鮮哲宗12年(1861年)4月8日に誕生した義菴孫秉熙(1861~1922)先生が生まれ育った家である。孫秉熙先生は、早くから東学(天道教)に入門し、1894年の甲午農民戦争の際は、忠清道と慶尚道で10万の民衆を率いて官軍と戦った。その後、日本を経て上海へと亡命し、1897年には東学の第3代教主となり、1904年に進歩会を組織した。1907年に帰国後、東学を「天道教」と改称し、教勢拡大に尽力したが、大日本帝国による韓国併合以後、普成専門学教と普成中学校を天道教名義で買収し、人材の養成に取り組んだ。1919年の3.1独立運動時は、民族代表33人の筆頭として朝鮮の独立を宣言した。孫秉熙先生の生家は、正面4間、側面1間半の茅葺屋根で、1971年に解体・補修され、1961年に誕生100周年を記念して立てられた遺墟碑がある。また、旧清原郡が、1991年から1999年にかけて、遺跡地の整備と影堂及び三門、石垣、遺物展示館を建設した。

アクセス

清州 IC → 清州駅路(3.5km) → 2循環路(7.7km) → 忠清大路(9.1km) → 忠清大路(6.3km) → 到着

位置情報